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金出武雄の「問題解決の7か条」

■第1回■
できる奴ほどよく迷う---「希望」と「目標」

【2006.11.20】

写真 大学院時代の話である。私ははじめて「研究」で悩んだ。
1968年に大学を卒業したあと、コンピュータに「目」を持たせることに私はロマンを感じていた。コンピュータビジョンである。そこで、当時その分野で最も先進的な研究をしていた京都大学工学部の坂井利之先生の研究室に入った。助教授が、その後、京大総長になった長尾真先生である。

こう言ってはなんだが、私は「いわゆる成績優秀」なタイプだった。小学校から高校、大学の学部まで「正解を出す試験」は得意中の得意だった。どの教科も100点を取る気分でゲーム感覚を楽しんでいた。一方、人は自分のことを「良くできる奴だ」と思っている、という変なコンプレックスもあった。
大学院博士課程に入ると、早く格好良い成果を上げなければというプレッシャーを感じ始めていた。数学的でちょっと格好良さそうな論文を読むと、これでよいことが出来そうな気になってそれに取りかかる。すぐに行きづまる。これはいかんというので、また次の課題、そしてまた次といろいろやってみたが、何も出来ない。

研究は試験とは違う。その問題は解いて価値のある問題か。そもそも答えがある問題か。大学院生がちょっと考えたぐらいで分かるほど甘くはない。ずいぶんいろいろな分野の論文を読んだので物知りにはなったが、何も出来ないままあっという間に2年ほど経ってしまった。あせりはじめていた。

そんなとき長尾先生から「金出くん、もう少し具体的なことをやったら」と言われ、人間の顔の写真の認識プログラムの検証を勧められた。人間の顔のデータベースは、1970年の大阪万博の時に集められた1000人の顔のデジタル画像を先生がお持ちだった。当時では破格のデータベースだった。
「このデータベースの顔画像をすべて画像処理できて、認識できるプログラムができれば、それだけで立派なものですよ」
私はもっと理論的なことをやりたかったが、ままよと思って取りかかった。だからといって、うまくいくわけではない。すぐに行きづまったが、目標が具体的だった。見通しがきく。
当時は、画像処理用のデジタル出力装置もない時代で、A-D変換器を買ってきて自製したし、カラー画像ディスプレイはソニーの家庭用トリニトロンテレビにコアメモリー(200万円ほどした)とD-A変換器をつないで改造した。
そこでなんやかんやとがんばって一年間で最後までいった。プログラムはアセンブラで書いて、ラインプリンタ(懐かしい)で何百枚かになった。

結果的に私の博士論文は人の顔の認識を、画像入力から、特徴抽出、判定まで一貫してコンピュータで自動的に処理できる世界最初の仕事になった。

この経験は私のその後の研究生活に非常に重要な役割を果たしたように思う。
研究、開発というものは「具体的な目標」を持ったものでなければならない。
ところが「目標」と「希望」をはき違えてしまう。
「希望」とは、良い仕事をしたい、スカッとした研究がしたい、本質的で基礎的な仕事をしたい、といったその研究の結果の性質に対するものである。研究の課題ではなく、結果の性質について考えるのが「希望」だ。
私はこの現象を、「研究について」研究する=メタ研究と呼ぶ。メタとは「高次の」といった意味である。言語学にとって「メタ言語」は必要であるが、研究にとって「メタ研究」は役に立たない。この思考の罠にはまると、まだ出来ていない結果の性質について思い悩みはじめる。そして研究は行きづまる。必ずそうなる。
「目標」とは、具体的であり、研究が行きづまっても、目標そのものが見通しや、指針を与えてくれる。目標を下げたり、上げたりすることも具体的な目標が明快であれば出来る。

カーネギーメロン大学のコンピュータやロボット研究の博士課程には世界中から選りすぐった学生が集まってくる。その彼らも「希望」の罠に陥りやすい。そして不安感と迷いに悩んでいる。
私はそういう学生達に、「お前は俺とまったく同じ経験をしている」と言う。そして「具体的な目標」を設定できる課題を選ぶこと、心配せずにねばり強くやれば必ず良いことが出来るとアドバイスしている。
そして最後に一言、殺し文句を付け加える。

「できる奴ほど、迷うものなんだ」

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■金出武雄プロフィール
カーネギーメロン大学(CMU)教授。前同大学ロボティックス研究所長(92〜2001年)。人工知能、コンピュータビジョン、ロボット工学の世界的権威。
現在は、知的システムの障害を持つ人が独立して生活できるのに貢献させる方法を研究する生活の質工学研究センターを今年度新しく設立し所長に。また、独立行政法人産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センターセンター長(非常勤)を兼務し、日本とアメリカとの間を忙しく往復している。
1945年、兵庫県生まれ。京都大学電子工学科、同大学院博士課程修了。同大学助教授を経て80年、米国カーネギーメロン大学計算機科学科・ロボット研究所に招聘される。工学博士。アメリカ工学アカデミー特別会員、アメリカ芸術科学アカデミー会員。C&C賞、FIT業績賞、エンゲルバーガー賞など受賞多数。

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