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宮田秀明の「プロジェクト7か条」

■第1回■
創造のための「成功学」と「失敗学」

【2006.12.11】

写真 私は1972年に大学院の修士課程を修了し、石川島播磨重工業(IHI)に入社。本社の船舶基本設計部に勤務した。
新入社員である私の机の上には、手回し計算機と一緒に、積み上げると30センチにもなろうかという分厚い2冊の冊子が机上に置かれていた。

1冊は、IHIが明治以来、設計建造してきた2000隻余りの商船の要目表である。世界の海で活躍してきた船の1隻1隻について、その全長や幅などの基本データに始まり、試運転の結果、特記事項に至るまで、船の設計に関する数多くの重要データが事細かに掲載されたA3判の冊子である。

もう1冊は、設計ルール集。過去の実績に基づいた設計の経験則がルール化され、ぎっしりと詰まった冊子である。これらの冊子は、手回し計算機と計算尺、ソロバンとともに当時の船舶基本設計の基本的な道具だった。私が入社した70年代から徐々に、これらの冊子に書かれていた設計情報は科学的に解析され、新しい設計手法であるコンピューターシミュレーションへと継承されることになる。

2冊のうち設計ルール集は、先輩技術者の数々の失敗から導かれた「べからず集」で、いわば「失敗学」の教科書だった。守らないと痛いしっぺ返しを食らうので、中に綴られたルールから逸脱することは絶対に許されない。ルールとして記述された設計基準からほんの1%ずれた設計をしただけで契約速力が出なくなり、建造しても発注者に納められないことだってあり得るのだ。実際、入社から数年後にこのルールをほんの少しだけ逸脱した船を担当して、たっぷりと苦労させられた経験がある。

もう1冊の要目表は「成功学」の事例集だった。発注者からの困難な要求を総合化し、商船として仕上げる一連の作業の結果が数値情報で記載されている。ただし、淡々と数字が並ぶだけで「どのようにプロジェクトを進めたらうまくいくか」という成功の秘訣はどこにも書かれていない。プロジェクトを成功に導く能力は、記載された数値情報を参考にしながら、技術者として設計の経験を重ねることで獲得していくことになっていたのである。

設計では失敗というマイナスを行わないだけではなく、プラスの要素をまとめ上げて新しい成果を出さなければならない。
“good at everything”は当たり前で、“best at a few”がないと優れた成果は生まれない。過去のプラスと現在のプラスを単純に重ね合わせたからといって、必ずしも「いい製品」になるとは限らない。成功学は難しい。過去の失敗例をいくら形式化して理解したからといって、それだけで革新的な新製品の開発につながるわけではない。

失敗学や成功学の観点から見ると、革新的な新製品を作り出すためには、
  1. しっかりしたビジョンを持つこと
  2. ビジョンを実現するためのコンセプトを獲得すること
  3. コンセプトを新しいモデルに落とし込めること
  4. そしてこのモデルをデザインして現実化すること
これらを順番に実行に移さなければならない。

私は、これを「創造のプロセス」と呼んでいる。このプロセスを実行するのが成功学である。プロセスの中では、何度も失敗を繰り返すことが常。失敗体験を解析して、コンセプトやモデルに修正を加えることは日常的な営みである。失敗学は成功学の基礎としてビルトインされているのだ。

私がIHIに在籍した当時、IHI技術研究所の所長は松平精さんである。松平さんは、軍の航空技術者から戦後は鉄道技術者に転身し、東海道新幹線のプロジェクトの「振動問題」を担当された方だ。たった7年間で革新的なプロジェクトを成功に導いたマネジメントは極めて質の高いものだった。
彼が軍の技術者だった頃、第2次世界大戦に向けて戦闘機の速力は急速に伸びて、時速500キロメートルを超えようとしていた。この時期、最も難しい技術課題の1つが戦闘機の機体に生じる振動だった。速く飛ぶには機体を軽くする必要がある。だが、軽量構造の機体は空気が作る渦の力によって振動しやすくなる。振動がひどくなると機体が空中分解してしまう悲惨な結果に至る可能性もある。当時の航空技術者は、たくさんの失敗を繰り返し、この極めて難しい技術課題を解決する力を獲得していった。
たくさんの失敗経験から、振動問題を解決する設計法を手中に収めるという「創造のプロセス」を実行したわけだ。戦後の新幹線開発プロジェクトに参画した松平さんは、この成功体験に裏打ちされた振動設計における創造のプロセスによって、安全な新幹線の開発に大きな貢献をした。

設計では、失敗を積み重ねる入門時代を経て、成功を学んでいく上達時代がある。だが、個人的な精進だけで、創造のプロセスの実行者となるには限界がある。人間には、時間にも、経験できる量にも限りがあるからだ。1人で創造のプロセスを生み出し、成功学を体現できる“カリスマ”や“天才”は少ない。

だからこそ、先達が編み出した創造のプロセスを科学的・論理的手法で解析し、なるべく多くの“凡人”が成功体験を共有し、利用できる仕組みが必要なのである。これが、創造のプロセスの実行者を増やすことにつながる。

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■宮田秀明 プロフィール
1948年生まれ。松山出身。東京大学大学院工学系研究科船舶工学専門課程修士終了(1972年)。石川島播磨重工業(72-77年)をへて東京大学に勤務。現在東京大学教授。工学系大学院環境海洋工学専攻とシステム創成学科を担当。専門は、船舶工学、計算流体力学、システムデザイン、技術マネジメント、経営システム工学。アメリカズカップの「ニッポンチャレンジ」(2回)でテクニカルディレクターを務める。システム創成学科の設立、東大MOTなど教育改革に取り組む。
著書に『アメリカズカップのテクノロジー』(東大出版会)『プロジェクトマネジメントで克つ』(日経BP社)『理系の経営学』(日経BP社)『仕事のやり方間違えています』(祥伝社)

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